いよいよフランスでのラグビーW杯が始まりますね!
日本のキャプテン・姫野和樹さんはハーフだということです。また幼少期は貧困生活だったという情報もあります。
この記事ではテレビ出演なども多く人気の姫野和樹さんの、実家や幼少期についてまとめました
姫野和樹はハーフ!
日本代表のキャプテン・姫野和樹さん。得意なプレーから『ジャッカル姫野』とも呼ばれています。
姫野和樹さんのプロフィールをまとめます。
姫野さんは、日本人のお父さんとフィリピン人のお母さんの間に生まれました。
兄妹は、姉・妹がいて5人家族です。
お髭がとても似合っていて、横顔もイケメンですね!
お髭のない顔もイケメンです!
前回のW杯でも、かなり人気で話題の選手でしたね。
姫野選手の母親は美人?
姫野選手の母親が美人だという情報もありましたが、画像などは出ておらず確認はできませんでした。
しかし、姫野選手の整ったお顔を拝見するとお母様も美人だったのではないかと思われます。
かなりイケメンの姫野選手ですので、お母さんだけでなくお父さんもイケメンなのではないかと思われます。
姫野和樹の実家や幼少期のエピソード
姫野和樹さんの実家は名古屋市にあります。
姫野さんは、『幼少期の家庭環境は貧困だった』と、インタビューで話しています。
実家は6畳二間の古いアパート
姫野さんが小さい頃から高校卒業まで暮らした実家は、駅から徒歩20分の距離にある古いアパートだったそうです。
お世辞にもキレイとは言えない。ペンキが剥げ落ち赤サビだらけの外階段を上がって、玄関を入ると右手に小さな台所、左手にトイレとお風呂があった。
姫野さんが高校を卒業するまで、6畳間二つで家族5人が住んでいたそう。
姫野選手は中学入学時には身長が170cm、中学3年生で187cmもあったそうです。平均身長を大きく上回る体格で、6畳間に子供達3人で寝ていたそうなのでかなり狭かったでしょう。
お父さんは鉄工所勤務
お父さんは、近所の鉄工所で働いていたそうです。
今でもめちゃくちゃ覚えているのは給料日の光景。毎月給料日になると、給料袋の封筒を持って帰ってくる父の姿だ。
銀行振り込みではなく、”手渡し”の給料を手に帰ってくると、父はその封筒から1万円札を数枚出して、母に生活費を渡していた。
現金での給料は昭和では普通でしたが、1968年の『3億円強奪事件』の後から振込が主流になりました。
姫野選手は平成生まれなので、お父さんの勤務先のお給料の支給方法は少数派です。
両親共にパチンコ好き
給料日の後は、両親共に朝から晩まで家に帰ってこなかったそうです。
給料日直後のお金に余裕がある時は、朝から晩までずっとパチンコで帰って来ない。
そういう時、学校から帰ってくるとテーブルの上にはいつも千円札が置かれていた。「これで夕飯を食べなさい」という意味
千円でコンビニのおにぎり3つと唐揚げ棒が、お気に入りのセットだったそうです。
パチンコでお金を使い果たしてしまうので、給食費も払えないくらいだったそう。
お金がないため夫婦喧嘩も多く、お母さんが『フィリピンに帰る!』と騒ぐ度に、兄妹で必死に引き留めたそうです。
家に居場所もなく、居たくなかった
家が古くて汚くて狭かったので、友人に家がバレないようにしていたというエピソードもあります。
門限もなかったため、9時10時まで外で過ごしたそう。
公園の遊具やアパートの階段に腰掛けて、夕日が街の向こうに沈み、入れ代わりに月が上っていくのをずっと見ていた。
いつも1人で、ずっと月を眺めていた。
とても切なくなるエピソードです。
空手有段者の先生を腕相撲で骨折させた
中学3年生ですでに187cmと、かなり体格の良かった姫野選手。
空手有段者の中学教師と腕相撲をして、骨折させてしまったそうです。ラグビー部の練習では【本気禁止令】が出ていました。
現在はベンチプレス170kgということなので、中学生の頃からかなりの怪力だったのでしょうね!
小学生の時には、ランドセルが小さすぎてトートバックのようになっていたというエピソードもあります。
姫野和樹まとめ
ラグビー日本代表のキャプテン・姫野和樹選手についてまとめました。
幼少期のエピソードは切なくなりますが、高校・大学・社会人とラグビーで道を切り開いてきたことがよく分かります。
ラグビーW杯での活躍を応援します!
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