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山中柔太朗の幼少期が可愛すぎる!出身大学や生い立ちについても紹介

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「好きすぎて滅!」で新たなファン層を増やしているM!LK。この記事では、メンバーの一員でもある山中柔太朗の幼少期や家族とのエピソード、生い立ちから芸能活動をはじめるきっかけなどをお届けします。昔と今の雰囲気の違いも写真で比較してみたのでぜひ最後まで読んでください。

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山中柔太朗のプロフィール

まずは山中柔太朗のプロフィールは以下のとおりです。

  • 名前:山中柔太朗(やまなか じゅうたろう)
  • 生年月日:2001年12月23日(2026年時点で24歳)
  • 出身地:栃木県足利市
  • 身長:177㎝前後
  • 所属グループ:M!LK
  • 事務所:スターダストプロモーション

幼少期は丸坊主だった?

地元の栃木県足利市にある実家で、家族との距離が近いあたたかい環境の中、のびのびと育ったといわれています。子供の頃から体を動かすことが大好きで、気づけば外で遊んでいるタイプだったそうです。

そんな山中柔太朗ですが、幼稚園の頃には『柔道家になりたい!』と言っっていたそうで、それなら!と父親に頭を坊主にされてしまったというおちゃめなエピソードも語っていました。本気で受け止めてしまうお父さんのノリの良さと、それを素直に受け入れてしまう柔太朗さんのまっすぐさに、思わずクスッとしてしまいますよね。

サッカー漬けの中学時代

地元・栃木県足利市の公立中学に通いながら、少年サッカーチームの「花園FC」に所属してボールを追いかける毎日を送っていたといわれています。中学に入学すると同時に栃木県のトレセンU−15に選ばれ、週6日練習に加えて週末は試合や遠征という、かなりハードなサッカー漬けの生活だったそうです。 学校が終わったらそのままグラウンドへ向かい、夜遅くまで練習して、また次の日もボールを蹴る──そんな日々の積み重ねが、「負けず嫌いで努力家」という今の性格をつくっていったと語られています。

ファンの間では「試合で負けると3日くらい引きずる」「負けると3日寝込む」と言われるほどの負けず嫌いエピソードも知られていて、そのストイックさは、芸能界に入ってからのダンスや演技に向き合う姿勢にも通じていると感じられます。 サッカー少年時代の真剣さが、そのまま今の仕事への向き合い方につながっていると思うと、ステージやドラマで見せる表情にもより説得力が増して見えてきますよね。

大学はどこ?

ファンの間では佐野勇斗 大学のように、やはりメンバーの出身の大学がどこだったのか気になりますよね。一部では学習院大学を卒業したという噂もあるようです。しかしこれはM!LKのメンバーである曽野舜太が学習院大学を卒業したことをポストした事がきっかけで、いつしか中山柔太郎の情報として履き違えられてしまったのではないかと思われます。実際には中山柔太郎は大学へ進学していない可能性のほうが高いようです。

芸能活動へのきっかけ

山中柔太朗さんが芸能界に足を踏み入れたのは、中学3年生のときのことでした。 きっかけになったのは、なんと「サッカーのスパイクを買いに行った原宿」だったそうです。 

当時はサッカー一筋の生活で、東京に来たのも友達と一緒にサッカーショップに行くため。 

地元・栃木から電車に揺られて原宿に着き、ワクワクしながら竹下通りを歩いていたところ、突然声をかけられたのが、スターダストプロモーションのスカウトさんだったそうです。

「まさか自分がスカウトされるなんて思ってもみなかった」と本人も振り返っていて、最初は驚きと戸惑いが大きかったといいます。 それでも、レッスンに通ってみると、ダンスやお芝居が少しずつ楽しくなっていき、好きだと感じる瞬間が増えていったそうですよ。

M!LK加入からメジャーデビューまで

原宿でスカウトされて事務所に所属したあと、山中柔太朗さんは、まずEBiDANの研究生としてレッスンやイベントに参加しながら少しずつ経験を積んでいきました。そして2018年8月28日ライブイベント「EBiDAN THE LIVE 2018」の場で、山中柔太朗さんがM!LKの新メンバーとして加入することがサプライズ発表されました。
M!LKでは、最初はどこかあどけなさの残る“新メンバー”という印象でしたが、ライブやイベントを重ねるうちに、落ち着いた雰囲気とふとした瞬間の色気が目立つようになり、「柔太朗が入ってよかった」とファンからもメンバーからも言われる存在になっていきました。

メジャーデビューとグループとしての成長

M!LKに加入してからおよそ3年後の2021年11月24日、シングル「Ribbon」でついにメジャーデビューを果たします。
この日は、グループ結成日の記念日でもあり、豪華客船での船上ライブやヒット祈願イベントが行われるなど、ファンにとってもメンバーにとっても特別な1日になりました。

インタビューでは、メジャーデビューについて聞かれるたびに、「何度『おめでとう』と言ってもらっても、そのたびにうれしい」と素直な気持ちを話していて、ようやくここまで来られた喜びと、ここからもっとがんばりたいという気持ちがにじんでいます。
デビュー後もすぐに状況が楽になったわけではなく、コロナ禍で活動が思うようにできず、何をしたらいいのか分からないと悩んだ時期もあったそうです。それでも、メンバー同士で「じゃあこれに挑戦してみよう」「こういうステージはどう?」と話し合いながら試行錯誤を続けた結果、今ではアリーナツアーができるほどのグループに成長しました。

俳優としての活躍

M!LKとしての活動と並行して、俳優としてのお仕事も少しずつ増えていきます。
2018年のドラマ「高嶺の花」のモブ役など小さな役どころからスタートし、2022年の「FAKE MOTION −卓球の王将−」では物語の一員としてキャラクター性のある役を任されるようになりました。

その後、「恋と弾丸」「ブラザー・トラップ」など、胸キュン系の作品で存在感を発揮しています。当時はまだ知名度が高くなく気づかなかった人も多いかもしれませんね。
最近では「悪いのはあなたです」や「黒崎さんの一途な愛がとまらない」など、主演級の作品も続いていて、静かだけれど感情の奥行きがある演技が評価されています。

アイドルと俳優、どちらも中途半端にせず、丁寧に積み重ねてきたからこそ、今の幅広い活動につながっているといえそうです。

ブランドのプロデュース

デビュー後の歩みの中で、もうひとつ大きなトピックになっているのが「CEL−CEL(セルセル)」という自身のプロデュースブランドです。​
2025年4月に立ち上げられたこのブランドには、シンプルだけどちょっと遊び心のあるデザインが多く、普段の山中柔太朗さんのファッションセンスがそのまま形になったようだとファンからも好評です。

まとめ

山中柔太朗は、栃木県足利市で家族に囲まれて育ち、サッカー漬けの中学時代を経て、原宿でのスカウトをきっかけに芸能活動をスタートさせました。 高校卒業後は大学には進学せず、M!LKとしての活動や俳優業に専念する道を選び、その結果、ドラマ出演やブランドプロデュースなど活躍の場を広げています。 M!LKでも衣装担当をしているのでさらに今後の役が楽しみですね。

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